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長坂坡で曹操軍の追撃をなんとか振り切った劉備は、孫権と同盟を結び、長江を下ってくる曹操軍を赤壁で待ちかまえた。 孫権の水軍は強いことで良く知られている。 一方、曹操軍は兵数だけの比較であれば孫権・劉備連合軍の4倍はあったが、水上での戦いには不慣れであったため、 もと荊州・劉表軍の蔡瑁を水軍長に任命し、水軍を鍛えながらの進軍であった。
 孫権軍の参謀・周瑜は、曹操の大水軍に対しては火攻めが効果的と考え、様々な策を巡らせて戦況を有利に導いた。 手始めに蔡瑁を謀殺し、偽りの降伏をしてきた蔡瑁の甥の蔡和と蔡中に対して、降伏を信じた素振りをして迎え入れた。 そして、曹操と通じている二人の目の前で「苦肉の計」を用いて、黄蓋にわざと重い罰を与え、 敵軍への投降理由に真実味を持たせて、黄蓋を曹操軍内へと送り込んだ。
| また、在野の鳳雛こと |
 
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統と密かに通じて、水軍戦に不慣れな曹操軍に、 |
揺れを少なくするために船同士を鎖で繋げる「連環の計」を進言させた。 曹操はそれが全て周瑜の謀略であるとも知らず、長江の岸に連結させた船を並べて、水上に要塞を築き上げた。
 こうして周瑜の策謀により舞台は整い、ついに東南の激しい風が吹く晩、黄蓋に火攻めが命じられた。 |
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密集して自由に動けない曹操軍の船は次々に燃え上がり、炎は風に煽られて沿岸の陣営にまで延焼、 曹操にとって屈辱的な敗戦となった。 |
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