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袁紹軍から離脱し、荊州北部の守りを任されていた劉備は、曹操南下の知らせを聞き、戦の準備を始めるが、 荊州の牧・劉表が折り悪く病死。その後継者である劉jは、あっさりと降伏を決定した。 劉備は荊州を出て、曹操軍に追われながら南下を始める。 この行軍へ、曹操への降伏を快く思わない荊州の民百姓が次々と加わり、劉備軍は十数万人の大軍となった。 大人数による進軍は速度が上がらない。劉備軍は、ついに長坂坡で曹操軍に追い付かれてしまう。
 大部分が民間人である劉備軍は大混乱となり、劉備自身も、妻子の麋夫人と劉禅を、敵陣の中に見失ってしまった。 それに気付いた趙雲は即座に馬首を返し、単騎で敵の軍内を駆け回った。 幸いな事に、妻子は井戸の側で発見することができたが、麋夫人は趙雲に劉禅を託すと、自らは井戸へと身を投げてしまった。 劉禅を抱えたまま再び敵陣を駆け抜け、自軍へと戻った趙雲を迎えたのは張飛であった。 張飛はたった一騎で劉備軍のしんがりを務め、曹操軍全員を橋のたもとで止めていたのだ。 趙雲が橋を渡るのを見届けると、張飛は橋を落として「死んでもよい者はこっちへ渡れ」と大声で叫んだ。 曹操軍は一歩も動く事ができず、追撃はここで一時中断となった。 |
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